Page 196 - 権五石会長の人生のエッセイ J-Full
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一生、共有を学んだ
祖父は私に共有の概念をこう説明した。
人間は絶対に一人では生きていけないんだ。
それで人の字が一つは私自身で、もう一つは他人だ。
企業は私一人ではなく、複数の人が集まっているのだ。
一緒に働く職員もみんな知ってみれば他だ。
私が持っているものを持って、他人に与えることができるものは非常に小さい
が、他人が持っているものを持って、他人に与えることができることはあまり
にも多い。
小さい人は自分が持っているものを他人に与えようとするが、大きい人は自分
が持っていないものも他人に与えようとする。
これがまさに共有だ。
公衆トイレ、公衆電話は皆が共同で使う施設であり、建物で共有面積は共同で
使う面積であり、公共料金は共同で使うために払う料金だ。
指導者とは、公的なものと私的なものを区別できなければならない。 指導者と
して立ててくれることは、100%公的な業務をするようにと立ててくるのだ。
人事が万事だ。
人より汚いものがなく、人より悪いものがなく、人より恩を知らない動物はい
ないという。
しかし、私たちは人より貴重なものがなく、
人より美しいものはなく、
人より尊いものはないと思って生きていくべき宿命を抱いてこの地に生まれた。
QR
それが男と女、愛と憎しみ、それが人という字である。
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