Page 316 - 権五石会長の人生のエッセイ J-Full
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結局は体育指導者の団体も作り、体育指導者の制度も作り出すことになり、

         そして体育指導者のための教育課程もあり、

         そうしながら、スポーツセンターも理解させて作り出して、見るスポーツが重
         要なのではなく、するスポーツが重要だということを強調するようになり、

         そうして全国のスポーツセンターが作られた。

         そして全国のスポーツセンター43ヵ所、3兆2千億ウォンの運営権を獲得した。
         これを私は運動選手たちを中心に独立財産制を運営させるために、彼らが食べ

         ていける道を開いた。

         これを10万人の体育人が生きる道を開くのに全て寄付した。


         私の若さの30年間を、運動選手たちがこれ以上暴力団になることなく、これ以

         上悪い道に進むことなく、彼らがまともに暮らせる道を開いてあげようとした。
         その理由は、私が困難な時代に運動選手として育っている間に、あまりにも大

         変で苦しい中、一緒にいた選手たちが何人かは前科者になり、何人かは自殺し、

         何人かはほとんど障害者になり、まともに生きる人がいなかった。



         それで責任感を感じて間違った体育の政策を変えなければならないと思った。

         これを正さなければ、学校に通っていた時、運動選手は授業もせず、メダルを

         一つ取るために努力し、運動選手が終わって学校を卒業したら行くところがな
         いのだ。

         学んだこともないし、知っていることもないから、組織暴力団になる道が明ら

         かだった。

         それで、これを正すために韓国体育指導者総連合会を作った。



         そして、韓国を食べさせるために世界体育指導者総連合会を作り、韓国がワー

         ルドカップを開いて、オリンピックを行うこの施設を利用して、韓国がスポー
         ツ特殊観光の収益を上げることができるような道を開いた。

         しかし、このようなことは他人に多くの非難と笑いの種になり、

         低俗になり、バカになり、濡れ衣を着せられ、それこそゴミ扱いを受けながら
         韓国体育指導者総連合会を率いてきたのだ。


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         誰がその苦痛を知るか知る人もいない。


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