Page 67 - 権五石会長の人生のエッセイ J01
P. 67
悟りのために…
「私は悟りを知るために多くの時間を過ごしました。」
一つ目の習慣、集中治療室に行く
こと。一つ目の習慣は、生に意欲が
なかったり、胸が苦しい時、
主に病院の集中治療室を訪れる。
何時間も何かを感じるまで集中治療室の前に座っていると廊下を行き来する
多くの患者に会うことになるが···
彼らの辛そうな生を見ていると、いつのまにか私が生に対して感謝の気持ちを
忘れて生きているような気がする。
瞬間瞬間の苦痛や絶望と戦っている惰弱な彼らを見ていると···
私がこんなに健康であることや生に対する強い愛着をさらに感じるようになる。
それで私はしばしば無能になろうとする自分から突破口を見つけようと病院の
集中治療室を訪れた。
二つ目の習慣は国立墓地に行くこと。
二つ目の習慣は国立墓地に行くこと
だ。人々が生きていると多くの
誤解も生じ、悲しいことも起こるものだ。
このように問題が発生したり、私が解決するのが難しいと感じる時、主に銅雀
洞国立墓地にあるチェ·ボンソプ中尉とチョン·ギソン大尉の墓所を訪れる。
焼酎1本、イカ、ピーナッツ、花2束を持って墓所を訪れると、小隊長たちはい
つも私の言うことをよく聞いてくれる。
生きている人との対話も必要だが、
すでに故人になった彼らと会話をしていると、大変慰めになる。
QR
私がこんなに苦しんでいるのも生きているからではないか?
67