Page 380 - 権五石会長の人生のエッセイ J01
P. 380

「これがESGの本質であり

                    これがまさに今日生きる我が社会の姿にならなければならない。」



               と思いながら私は韓国の人々にこれを作ってあげたかった。




               それで政治、経済、社会、文化、宗教の指導者「養成所」を置く。
               その中で「社会指導者の養成所」では私たちの社会が持っている問題点、

               解決策などを扱う。 問題がないのは良いことだけではない。

               私たちが生きていて問題はいつも起きるようになっている。
               その問題をどう解決できるか? という解決の能力があるのであって

               問題そのものがないことを望むのは不可能だ。

               この解決策をよく模索し、あらかじめ備えるよう指導する指導者を
               よく排出しなければならない。



               それで、私たちが子孫を産むことになれば、問題がないようにしてくださ

               いと祈るよりは、私たちの子供たちがその問題を賢く解決させてください
               と祈るのが正しいし、それを通じて私たちが教え、学び、身につけるため

               には集まらなければならず、そのような場所が必要だ。

               それがまさに政経社文宗指養という学堂で学ばなければ分からないことだ。
               それで人間は生まれる瞬間から死ぬまで学び、身につけなければならない

               のだ。

                      「From the cradle to the grave.」 「揺りかごから墓場まで」
               だから結局、人間は教育から自由になれないし、

               人間は生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで社会から抜け出すことができない。

               それで人間は社会の中で笑って社会の中で学び社会の中で生活して社会で

               終わるのだ。



               それで、私たちはこの社会を美しくしなければならない理由がまさにそこ

               にあり、世の中が私を苦しめたからといって社会を駄目にしてはならない。
               世の中が私に苦痛を与えるからといって、その苦痛で復讐をしてはならな

               い。社会は共に生きるものであって、自分だけのために存在するものでは
     QR        ない。私たちのために存在するのだ。




                                                     380
   375   376   377   378   379   380   381   382   383   384   385